真っ黒な海を泳いでるような感覚。これが夢だと認識するのにそう時間はかからなかった。
波に任せて漂っていると、ドアが俺の目の前に現れた。気がつくと俺は自分の足でしっかりとバランスを取っていた。
僅かな逡巡の後、俺はドアノブを握って一気に扉を開く。
するとそこには……
「やあ(´・ω・`) ようこそ、バーボンハウスへ」
「何か…………嫌な夢見たな」
珍しく翡翠に起こされる事無く俺は上半身を起こす。目は覚めたのだが気分は最悪といってもいい。
何がバーボンだ。俺は酒なんか飲めないっていうのに。
さて、馬鹿みたいな夢なんかさっさと忘れて着替えて学校に行くか。シエル先輩に昨日の成果を報告しないとな。
* * *
で、昼休み。昨日のように二人で茶をすすりながらこれからの話をした。
ただ、昨日と違って先輩の表情は昨日のそれとは違った。その理由として……
「遠野君の妹さんにあのあーぱーが参加するのですか…………」
「あ、やっぱりまずかったですか?」
そう。この三人、どこをどうやっても顔を合わせれば今にも殺し合いが始まりそうな空気になるのを今更ながら思い出した。
まったく、何だって仲よくできないのだろうか。
「いえ、遠野君に人選を任せたのは他ならぬ私ですから。これも神の御意思でしょう」
そう言いながらもがっくりと肩を落とす先輩。やっぱり悪い事をしたのかもしれない。
「まぁ人が揃っただけでもよしとしましょう。でも遠野君、本当にかぐや姫をやるのだったら一つ問題があります」
「え? 何です?」
「配役ですよ。設定上ではかぐや姫とおばあさんを除いてすべてが男役なんです。女ばかりでは配役にムリがあるんじゃないですか?」
「あ、そうか…………考えてなかった」
今更そんな事に気がついて今度は俺が落胆する番だった。
「でもそれは女性が男役を演じればいいのではないのですか、兄さん?」
「まぁそれでも無理は無い事は…………って秋葉!?」
「ハイ、何ですか兄さん」
浅上に行っている我が妹が平然とした顔で俺の横で正座をしている。さすがのシエル先輩も目をまん丸にして
手に持っていたカレーパンを落としそうになっていた。
「何でお前がここにいるんだよ」
「遠野の当主としてやると言った事には最大限の努力は惜しみませんから」
答えのようなそうでないような答えで話を逸らし、秋葉は会話の主導権を握った。
「かぐや姫のキャストはかぐや姫にその両親となる年老いた夫婦、それに五人の貴公子、そして帝です。
私の考えとしてはかぐや姫になれなかった女性が残りの配役を担うというものですが…どうでしょうか、先輩?」
秋葉は挑戦するような、否、勝ち誇ったような目で先輩を睨みつけた。
「なるほど……そういう事ですか。『こんなメンバー如きで主役も張れない女』は余程の格下ってことですか」
「そういう事です。まぁ誰の事を言ってるのかは分かりませんがね……」
「あぁ、そうなんですか……ウフフフフフ」
フッフッフ……と不敵な笑みを湛えて二人して何やらメラメラとやる気を燃え上がらせている。
「あ、そういえばそれでもまだメンバーが一人足りないよな。最悪一人二役ってのも考えられるけど」
今いる人数八人に対して九人分のキャスト。これではどうしようもない。
「それにもぬかりはありません。こういう事もあろうかと声をかけておいた人がいるのです」
俺の呟きに反応して更に鼻高々となる秋葉。我が妹ながらやる時は抜かりないな。
「もうすでに呼んでいます。入ってきなさい」
そう言ってガラガラと茶道室の入り口が開かれる。
ドアに立っていたのは…………。
1.レンだった
2.晶ちゃんだった
3.シオンだった
4.むしろ三人全員が立っていた
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