弓塚は立候補してない?

「え…………じゃあ……」

 俺は息を飲んだ。人間というのは自分が予想していたものと違う結果を見せられると動揺するものだ、とはよく言った。
 本人以外の人が三人も弓塚に入れたって事なのか?

「弓塚…………それ、嘘じゃないよな?」
「な、何でこんな事で嘘言わなきゃいけないの? 本当は私だって主役なんてやりたいとも思ってないのに……」

 そう言ってうつむき表情を曇らせる。確かに彼女ならば性格上、特に目立つような事はしたくないと思うはずだ。
 その事を考えてみれば立候補はしないと考えるのが自然だ。シオンが言っていたのはこの事か。

「ん〜、やっと一段落つきました〜。志貴さん弓塚さん、お手伝い感謝します」
「あ、琥珀さんお疲れ様」

 腕を目一杯天井に突き出して伸びをする割烹着姿の琥珀さんが俺たち二人の間に入ってきた。

「……ねぇ琥珀さん、ちょっと聞きたいんだけど今日の主役の投票に誰入れた?」
「あ…………アハハ〜、どうしたんですか、急に?」

 まずい事を聞かれたような目線の外し方をする琥珀さん。何か隠しているんだろうか。

「琥珀さん、正直に答えてほしいんだ。別に入れた人を言いふらしたりするつもりなんてないから」
「むぅ…………」
「俺はただ弓塚の三票目が知りたいだけなんだよ」
「……………………です」
「え?」

 ボソボソと聞き取れない声で漏らす。俺は必死に耳を傾けた。

「何て言ったんです?」
「………………だから、自分ですって言ったんです!」
「っ」

 珍しい琥珀さんの怒鳴り声に俺は思わず仰け反った。そんな中、俺は冷静に琥珀さんから聞いた情報を分析していた。

「そっか…………琥珀さんも実は立候補組だったんだ」
「ハイ……まさか自分の票だけとは思いませんでしたけどね。翡翠ちゃ〜ん…………どうして」
「翡翠は秋葉に入れたってさ」

 実の姉と雇い主を比べたら…………まず姉が姉だから自然ともう一方を選んじゃうよなぁ…………。

「志貴さんは誰に入れたんですか………………?」
「う、それは……………………そんな事より、これでもう残りは一人しかいないから…………」

 そう言って振り返り、テーブルに潰れているオレンジ色した頭を凝視する。この際、隣で修羅のごとくカレーを食い散らかしているは無視する。

「え…………乾君?」
「あぁ。もう消去法でアイツしか残ってないんだよ、弓塚に入れた人は」

 酔い潰れてる有彦を俺は釈然としない目で見続けた。アイツがシエル先輩に入れてると思ったんだけど……。
 一体何が有彦を弓塚に入れようとしたんだろうか。

「あれ……っていう事は、同じ消去法でいって遠野君は乾君に入れた人って事になるよね」
「!!!!!!」
「え!? そうなんですか志貴さん!!」

 しまった、墓穴を掘った!!

「!! 遠野君、今のは聞き捨てなりません!」
「どうして志貴が私に入れてくれなかったのかやっと分かったわ……」
「志貴様……志貴様はやはり男の方が…………」
「ちょっ…………翡翠! 変な誤解はやめてくれ!!」

 弓塚の発言をちゃっかり聞き届けていた面々が俺に集中砲火を浴びせる。
 うぅぅ…………やめてくれ、あれはちょっとした出来心だったんだよぉ…………。

「あ、シオン」

 唯一女性の中で俺に非難の目を向けないシオンと目が合った。俺は一縷の望みをかけて彼女に助けを求めた。

「……志貴、貴方に言いたい事があります」
「…………」
「その、個人の嗜好をとやかく言う権利など他人にありません。ですから、例え志貴がその………………そのような性癖が
 あろうとも私と貴方が友人である事は変わりません。ですから」

 シオン、お前もかっ!!
 俺は地に膝をつき、何もかも失ったように絶望した。



 そうしてこの後すぐにホールに戻ってきた秋葉が参加して非難はヒートアップ、
 俺の弾劾は空が白むまで続けられたとかそうじゃないとか………………


                                閑話 閉演



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