「…………ふぅ、助かったよ晶ちゃん。ごめんね、何とかするって言ったくせに何もできなかった」
「いえいえ。お兄さんが来たからこそですよ」
秋葉が遠くに言ったのを確認して俺が謝ると晶ちゃんはわずかに酒のせいか頬を染めて苦笑いをした。
「でも何でまたここに? お兄さんは翡翠さん達のお手伝いをしてたんじゃなかったんですか?」
「ん。今はちょっと抜け出してるんだ。晶ちゃんに聞きたい事があって」
「聞きたい事?」
「うん。今日の投票でさ、晶ちゃんは誰に主役を投票したのかな〜って。演出担当だしそこら辺を聞いてみたいかなって」
「ん〜、そうですか……」と言って顎に手を当てる晶ちゃん。言おうか言うまいか迷っているようだ。
少しばかり考え込んだ後、晶ちゃんが口を開き、
「遠野先輩」
「え?」
そうしたら秋葉は三票になっちゃうんだけど…………翡翠が嘘を言ったのか?
「…………と最初は思ってたんですけど」
決意が固まったのかこちらを向いて真剣な顔で、
「最終的に弓塚先輩に入れました」
「へぇ…………演出家としてどういった所がポイントだったの?」
「そうですねぇ…………遠野先輩は毅然としていて雰囲気としては十分なんですけど、逆に堂々としすぎていて
周りが映えないと思うんです。印象強い役者がずっと舞台にいるっていうのは疲れるんですよ」
晶ちゃんの言った事は何となく分かる気がする。最初から最後まで張り詰めている映画を見るときと同じで、
適度に息の抜く所がない映画や小説はあまりよしとされない。
「じゃあ弓塚は印象がなかったの?」
「あ、いえいえ。そんなわけじゃないんですよ。そりゃまぁ遠野先輩よりは落ちますけど、かといって
シエル先輩ほど印象が強かったわけでもなかったんです」
「……じゃあ何が?」
「演技の方向性です。弓塚先輩は一つの感情に対する表現がとても強く表せていたんです。それは…………」
晶ちゃんが弓塚を主役に決めた要因を口にする瞬間、
「瀬ぇぇぇぇぇぇ尾ぉぉぉぉおおぉぉぉ!!」
「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
晶ちゃんが怯えの表情を見せたときはすでに遅く、正面から秋葉にアイアンクローを受けている晶ちゃんはただ肩を震わせることしか出来なかった。
「よぉくも私を騙したわねぇ……覚悟は出来てるんでしょうね………………」
「あ…………何か熱い…………あ、でも体の中は寒いような……」
ちょ、秋葉! なに後輩の熱略奪してるんですか!!
「瀬尾。ゆっくりするのと激しくするの、どっちがいい?」
「あ…………えっとぉ…………………………………………できれば優しく」
「…………貴女が口答えする権利はたった今消滅したわ。ついてらっしゃい」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、先ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい…………………………」
頭を掴んだままズルズルと引きずり、秋葉と晶ちゃんはホールから出て行ってしまった。
「………………………………」
頑張れ、晶ちゃん。
「……大丈夫かな、晶ちゃん」
「あ、弓塚」
話題の中の人が俺の隣で心配そうに秋葉と晶ちゃんが出ていったドアを見ていた。
「一体何があったの?」
「ん……まぁ色々と。にしてもよかったな、弓塚。シオンと晶ちゃんに入れてもらって」
「え? 何の話?」
「ほら、学校でやった投票の。他の二票は二人だったんだってさ」
「あ、あぁ…………そうだったんだ」
何故か顔色を曇らせる弓塚。どうしたんだろうか。
「どうしたの?」
「うん…………誰がわたしなんかに入れてくれたんだろうな………………って」
「いや、だから晶ちゃんとシオンだろ? それに自分で入れたので三票…………」
「わたし、シエル先輩に入れたよ?」
「………………………………………………………………………………………………………………え?」
俺は呆然と立ち尽くした。
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