「秋葉、さん?」
自分が出来る限りの身だしなみと琥珀さんに用意してもらったドンペリを持って俺は目的を果さんがために虎穴に飛び込んだ。
「ですから!! 最近の景気が悪いのはタンポポが…………何ですか兄さん?」
「あ、あぁ……。琥珀さんがいいお酒を見つけたから秋葉にどうかって」
何で景気にタンポポが、とか思いながらも俺は持っているワインボトルを掲げてみせた。
「あら、琥珀も気が利くじゃありませんか。瀬尾、もちろん貴女も飲むでしょう?」
「ハ………………ハイ、是非」
「……晶ちゃん、大丈夫?」
隣で雨で濡れてしまった子犬のようにガタガタと震えている晶ちゃんを見て俺は同情してしまった。
そりゃいきなり隣で飲んでる人の髪が紅くなればなぁ。
「お兄さ〜ん…………助けてくださいぃ」
「とりあえずちょっとの間ココにいるから。何とかする」
「何二人でコソコソ話してるんですか!? 二人とも」
慌てて背筋を伸ばして秋葉を見ると、もうすでに俺と晶ちゃんの分のグラスにドンペリが注がれていた。
「秋葉、俺はそんなにいらない……」
「何ですか、兄さん? 私のお酒が飲めないとでも?」
「いや、そういうわけじゃなくて……俺が飲めないのは知ってるだろ?」
「えぇ、十分承知しています。ですが『私の入れたお酒』でしたら飲めるのではなくて?」
「……………………」
すわっている目、酔っ払い特有の気迫、そして紅い髪。
すいません、勝てる気がしません。
「…………」
「さぁ、兄さん?」
笑顔がすごく恐い。いつもより表情豊か過ぎるという点で。
と、その時。
「秋葉、少しばかりいいですか?」
「む……何ですか、シオン。いいところなのに」
いつの間に秋葉の後ろにいたのか、シオンが秋葉の肩を叩いていた。秋葉はそれに従って後ろを振り返った。
「それはすみません。よければこれからの舞台に向けて話し合おうと思っていたのですが…………」
そう言いながらこちらを見て視線で何か言っているシオン。その視線の先をよく見るとそれは俺ではなく晶ちゃんに向けられていた。
「(お兄さんっ)」
「えっ?」
気がつくと、晶ちゃんが秋葉の目を盗んで俺のグラスを奪って一気に飲み干した。
気持ちのよい飲みっぷりでそれが最高級のワインだという事を忘れてしまうほどだった。
「シオンがそこまで言うのなら仕方ありません。兄さんと瀬尾がグラスを空けたら向こうで心ゆくまでお相手するわ。
さぁ、兄さん。シオンを待たせないためにも……………………え?」
「どうした? 秋葉。少しは待たせる時間があった方がよかったかな?」
背中に気持ち悪い汗をかきながら俺は顔をひきつっているのを無理矢理笑みに変えてみせた。
隣では晶ちゃんがさっきの焼き直しのように、それでもさっきより少しばかりペースを落としてワインを口に運んでいた。
「…………ふぅ、ごちそうさまでした先輩。さ、シオンさん。もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。では秋葉を持っていきますよ」
「………………? ……………………………………?」
秋葉は首を傾げながらも立ち上がり、去り際もずっと俺の目の前にある(そして晶ちゃんが飲み干した)グラスを見続けていた。
秋葉の隣でシオンが俺にアイコンタクトを求めた。俺は引きつった笑いで親指を立ててみせた。
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