――――――正気か?


 かぐや姫と書いた後に「有彦に一票」と書いた直後に俺は強く消しゴムを握った。
 OKOK。まぁアイデア自体は悪くないさ、何せ女の比率の方が多いんだからな、それも一興さ。でもな、でもだぞ、

 い く ら な ん で も 有 彦 に か ぐ や 姫 は あ ま り に も 目 の 毒 か と。

「………………………………」

 他の役の投票も決めずに初っ端から頓挫してしまった。っていうか何だ、本当に俺は有彦に入れるのか?
 万が一、億が一にでもアイツに決まったらどうするつもりだ? アイツなら逆に喜びそうで恐いんだが。

「……………………」
「もうすぐ投票してもらいますよ〜」

 どうする俺。何ていうか世界の外からそうしろという力が働いて他の名前を書くのが躊躇われる。
 アルクェイドが言ってたっけ。これが抑止力ってやつですか、先生。

「まぁそんなに時間かかるもんじゃないと思うんで締め切りま〜す」

 主役を決めるのにうんうん唸ってる俺は阿呆ですか?

 ――――えぇい、ままよ!
 
 俺は結局有彦の名をかぐや姫に投じ、他の配役も当たり障りない人に投票した。

「そういえば、アルクェイドさんはどうするんですか?」
「あんなあーぱーいなくても舞台には影響はない……むしろ改善されたと思いますがね」

 やっぱりシエル先輩、アルクェイドには厳しいな。当たり前か。
 と、

「ちょぉぉぉぉぉぉっと待ったぁぁ〜!」

 ブレーキ音が聞こえそうになるほど廊下を爆走してきたアルクェイドが教室のドアを勢いよく開け放つ。

「あ、帰ってきたんだ」
「あったりまえでしょ志貴! あたしがいなくて何が舞台よ!」

 いや、きっとお前がいないからこそ舞台が成り立ったかも分からんよ。

「まぁまぁ。アルクェイドさん、今配役の投票をしてるんでアルクェイドさんも書いてください」
「ん〜、自分で決めれないの? 何か面倒だなぁ」
「わがまま言うな。何なら自分で自分に投票すればいいだろ」
「ふ〜んだ。最初っからそうするつもりですよ〜だ」

 あ、自分で言っちゃったよこいつは…………。
 まぁどうせ誰もアルクェイドに投票しないだろうから恥かくだけだけどな。

「ハイ、じゃあ集計しま〜す」
「投票用紙で、投函です」

 各々が四つの箱に自分の用紙を入れていく。その時の表情は人それぞれだった。
 表情を見せないようにしている者、期待に満ちている者、自信満々といった顔の者、何を考えているのか分からない者、様々だった。

「それじゃあ少々お待ちください。翡翠さんそちらお願いできますか?」
「かしこまりました、瀬尾様」

 そうして教壇の上で黙々と作業をこなす二人を尻目に何もする事がない俺達は雑談をするしかなかった。

「なぁ遠野、お前は主役に誰選んだんだ?」
「ばっ、何で有彦に言わなきゃならないんだよ」

 俺は明らかに動揺した。そして一瞬だけだが有彦が厚化粧をして十二単を着た姿を幻視してしまった。

 ――――やばいっ! 眼鏡はずしてぇっ!

 どうしようもない怒りを何とか押し殺し、俺はヘラヘラ笑っている悪友を睨んでいた。

「オイオイ遠野、そんな恐い顔すんなって。ちょっと聞いてみただけじゃねぇか」
「もちろん遠野君は私を主役に選んでくれたんですよねー」
「何でシエルなんかに入れるのよー。あたしに決まってるでしょ、あたしに」
「まるで分かっていませんね。兄さんは私に投票したんです。妙な勘違いをしてくれては困ります」
「………………ハハハ」

 乾いた笑いを漏らすしかなかった。だって誰にも入れてないんだから。これは死んでも言えないな。



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