たった数分の幕が上がった。
三人がアイコンタクトで意志を交わすと、シオンが咳払いを一つして弓塚に向き直る。
「…………さつき」
「え?」
「別れの印にこれを」
そう言ってシオンが右手を差し出す。弓塚が少し不思議そうな顔をしてそれを受け取る。
「わぁ……きれい」
弓塚が受け取ったのは指輪だった。それもただの指輪ではなく、エーテライトで編まれてあり
光にキラキラと反射していて、そこらのフェイクの指輪より一層高価そうに見えた。
「ありがとう…………シオン」
「いいえ、どういたしまして」
きっと現実でも弓塚はこんな反応をするだろう。弓塚は涙を浮かばせて指輪を胸に抱いた。
「その……私はそんな気の利いたものは用意できませんでしたけど……」
「ううん、そんな事ないよ秋葉さん。来てくれただけでとっても嬉しい」
「ふ、ふん」
緊張によるためか演技が達者なのか、秋葉はわずかに顔を赤らめて弓塚からそっぽを向いた。
「相変わらず素直じゃありませんね、秋葉。さっきまであれほどあれこれと言う事を考えていたではないですか」
「なっ、シオン!! それは言わない約束でしょう!」
「おや、そうだったでしょうか?」
「クスッ…………二人とも相変わらずだよぉ」
誰からともなく笑い合う。俺はそんな三人を見て三人の仲の良さとこれからの別れを実感して胸に何かが込み上げてきた。
三人とも緊張による固さは殆どなく自然体でやっているようでとても伸び伸びと演っているようだ。
「…………弓塚さん。あちらに行っても変わらずお元気で」
「秋葉さん、ありがとう。…………何か、改めて握手っていうのも恥ずかしいね」
そう言いながらも二人はお互いの手をしっかりと握り合い、そして名残惜しそうに手を放す。
弓塚は握っていた手を見つめて、軽く握って開いてを繰り返した。
「………………結局」
「え?」
「結局、あの人には何も言わなかったんですね。さつき」
シオンの言う「あの人」が誰を意味するのか。それは分からなかったが、弓塚は僅かに逡巡した後、
思い当たる人を思い浮かべたのか眉をひそめながら、
「あぁ…………うん。やっぱり言えないかな、って」
「仮に言いたくてもさつきは言わないのでしょうね」
「えへへ…………やっぱり分かっちゃう?」
「もちろん、貴方は私の数少ない友人なのですから」
二人の目が合うと二人ははにかむように笑い合った。
「…………?」
あ、秋葉がちょっと置いてかれている。
それは秋葉も分かっているのか、無理矢理会話に入り込んだ。
「それより弓塚さん、もうすぐ時間ではなくて?」
「確かに。予定ではあと四分で発車するようです」
「………………うん、そうだね」
傍らにあるであろう大きな荷物を片手に弓塚は二人の顔を見やってこれ以上ない笑顔をしてみせた。
それは、どこか自分にも向けてもらいたいと思ってしまうほど魅力的だった。
「バイバイ、秋葉さん……それにシオン。私、ずっと忘れないよ」
「お元気で」
「どうか体に気をつけて」
「…………うんっ!」
目尻を涙で輝かせて弓塚は振り返った。と、その時、偶然にも弓塚と目が合った。
「っ」
「………………」
顔の温度がいくらか上がるのを自覚した。対して、弓塚はまっすぐに見つめていた。
そして、
「……………………………………『大好きだよ』」
そう言って、弓塚は教室のドアを開けて出ていった。
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