「有彦の意見がいいんじゃないかな」
俺は考えた末に口を開いた。他の三人が俺の顔を見て理由を催促している。
「シエル先輩みたいに想像を膨らませて考えるのも面白いと思うけど、やっぱりこの台本の中で辻褄が合うように
心情を考えた方が無難だと思うんだ。だから俺は有彦の意見に賛成かな」
「う〜ん、確かにそう言われればそうかもしれませんね……」
顎に手を添えて考え込むシエル先輩。言い分は理解できるが自分の主張を捨てきれないといった風だ。
「ここもいい感じで進んでるようですね」
「あ、晶ちゃん」
「ここのかぐや姫の心情を話し合ってたんですよね?」
言いながら肩越しに俺の台本を覗いてくる。
「うん、そうなんだ」
「確かに乾先輩の主張は正しいものなんですが、話が進んでいくとこの心情というのは少しずつ変化していくんです。
特に帝がかぐや姫に直接会ってからは結婚というものを意識し始めるんです。それは台本でも強調させたので分かると思います」
「そうなんだ」
「はい」
自分でうんうんと何度も頷く晶ちゃんは少々興奮気味だった。
「この調子だと今の役作りと今日にも平行させながら稽古に入れるかもしれませんね」
「きょ、今日から?」
俺は思わず声を半音程上げて応えた。
「元々時間もありませんし、少しでも稽古をしときたいのは皆も同じでしょう? ですから気が早いに越した事はありませんよ」
「う〜ん……にしてもなぁ」
やはりエチュードを演った時にも思ったがどうにも人前での演技というのがいまいち分からない。
性格のせいなのかどこか空気を読み違えるというか…………。
「何を今更そんな事を言ってるんですか、遠野君。あちらではすでに個人で稽古を始めてる人もいるんですよ」
「え?」
シエル先輩の言葉で顔を上げ、先輩の顔を見ると教室の片隅でぎこちないながらも身振り手振りで何かを表現しようとしている
翡翠とそれを見て逐一アドバイスをする琥珀さんの姿が映った。
「えっと…………け、家来たちよ。都の屋根というやね、屋根の下にある……」
「翡翠ちゃん! もっと大きく手を広げて! ブンブン振り回すくらいでちょうどいいのよ! それに本ばっかり見ていて
顔が下向いちゃってる! 一度見たら言い切るまで台本は見ない!!」
琥珀さん、熱血指導だなぁ。翡翠相手だからかな、目に力が入っている。入りすぎてるような気がしてならないが。
「はい、姉さん。……さぁ、家来たちよ、都の屋根という屋根の下にある燕の巣をくまなく探せ。
……そ、そしてその巣の中にある私が望むものを手に入れた者はどのような褒美でも取らせようぞ」
「ぐー! 翡翠ちゃんぐーっ! セリフは何度も練習すれば台本もいらなくなるから練習あるのみよっ! あと翡翠ちゃんの
課題は声量ね。帰ったらお姉ちゃんと一緒に腹筋よっ!」
琥珀さんの言葉に少しだけ相好を崩してみせる翡翠。それは恥ずかしさが勝っているものの、幾ばくかの高揚感があったのは遠目から見た俺でもすぐに分かった。
あの翡翠があれだけ頑張っているんだ。俺も負けてはいられない。
さぁ、俺も稽古を始めよう。
紅:稽古は一人でやろう
蒼:稽古は弓塚を誘ってやろう
碧:皆を誘って稽古をやろう
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